jpg NEO Sense of Horse Life ホクトベガとメジロマックイーンの命日

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ホクトベガとメジロマックイーンの命日

April-3rd-200702.jpg




診療業務に追われている私は、
ほとんどまったく競馬界の動きを把握する余裕のないほど。
すっかり、生活の激変だ。
それでも、日曜出勤前、しっかりTVのビデオ予約をして出かけた。

帰路の電車のなかで、さて、今日の産経大阪杯の結果はいかに・・・?
と、携帯の競馬ニュースをチェックする。
前日3月31日深夜行われた、ドバイWCの各レース結果もその時知った。

まず、
日曜阪神。
大阪杯でのメイショウサムソンの久々の横綱レースでの優勝が
嬉しかった。

そして、そして
今年もまた、世界に羽ばたくニューヒーローの誕生だ。
ドバイ・デューティ・フリー(G1)芝1,777mのレースで、
アドマイヤムーンがついにやってくれた。
そして、ダイワメジャーも3着。

昨年ノシーマクラシックのハーツクライといい、
古馬になっての才能全開という、強い競馬だった。


そんな、華やかな浮き立つようなドバイ・ナドアルシバ競馬場からの
ニュースは、
どうしても、今日10年目の命日を迎えたホクトベガのことを思ってしまう一日だった。
そして、昨年自身の誕生日に逝ってしまった名ステイヤー、メジロマックイーンのことも・・・
マックイーンとの名コンビだった武豊騎手騎乗のアドマイヤムーンが走り抜ける、
夜間照明に輝くナドアルシバ競馬場を思い浮かべると、
2頭の忘れられないこの馬たちのことがことさら記憶によみがえってきた。


毎年この4月3日は、花を買って仏壇に飾っているのだけれど、
今年から、2頭分を心を込めて選ぶ。
今日は、ホクトベガの勝負服(黄色X水色)に合わせて黄色と
マックイーンの勝負服だった緑X白の緑色のラナンキュラスの花を買ってきた。

新しい病院の業務で、余裕のない毎日。
その中で、こうして
嬉しい、メイショウサムソンの復活ニュースや
ホクトベガやマックイーンの存在を確認して、
競走馬たちからもらう深くて温かい癒しを実感する。
疲れ切った、でもほっとする休日前の夕食の時間に
改めてここ一週間の競馬ニュースを読み直し、
ドバイの結果を一頭つづていねいに読んでいくうちに、
涙が出そうになった。

さらに4月1日日曜日には、
久々にマックイーンの遺児、ホクトスルタン号が、福島10Rひめさゆり賞(3歳500万)で優勝してくれたしね。

なんだか、嬉しい。
そして、競走馬がいとおしいって思える。

いろいろ、現世に生きる、おろかな人間の私を
そっと、いやしっかり元気を取り戻させてくれる存在だ。
自信を無くしそうになる私に、背中を後押ししてくれるような
そんな不思議なエネルギーをもらえる。


そして、そし・・・
ホクトベガよ。
私も、あなたのようなかっこいい”キャリアウーマン”を
もう一度目指すよ。
そして、いつか本当にドバイまで逢いに行くよ。

いろんなことあるよね。
でも、あなたのように、男馬を蹴散らして、威風堂々かっこよく
人生を走り抜けたいよ、
私もね。

どこまで行けるか、判らないけれど
努力してみるよ。


4月3日。東京は、雨。
桜の花もしっとり濡れて、優しい色をはなっていたよ。






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03:29 | 思い出の馬 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑
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コメント

#
この時期・・・ドバイ、ドバイと騒がれますが自分も毎年彼女(ホクトベガ)のことを思い出します。翌日TVでみたレース映像・・・あのショックは忘れられませんね。応援していただけに余計。また2年前愛犬JODYが虹の橋をわたっていったのが3月26日だったので重なってしまいます。どちらも男勝りのご婦人でございます。マックはスタリオンに行ったときの古い写真の中にいました。現役時代は憎たらしいほど強かったですよね(笑)。
スタリオンのお馬さんたちはみんな穏やかな顔になってますが。
自分も彼ら彼女らから毎日の生活の中で背中を押してもらっている一人です。
by: バルくん | 2007/04/05 16:48 | URL [編集] | page top↑
#
バルくんさん、おはようございます。

4月3日は、私の住んでいる東京は、桜が満開になっている季節です。
そういう華やかで、はかない桜の花のように、潔くドバイの星になったホクトベガのことは、ずっと桜が咲き始めるたび思い出します。
彼女の亡くなった1997年は、
ちょうど息子の生まれた年で、(1月生まれ)慣れない乳飲み子の世話で、瞬く間に過ぎていく毎日の中で、彼女のことをニュースで知りました。
ショックでしたね。

>翌日TVでみたレース映像・・・あのショックは忘れられませんね。応援していただけに余計。
レース映像、ご覧になったんですね。
私の持っているDVDには、ドバイのレース映像は載っていません。
なので、そういう彼女の姿は、残された数少ない写真をみたり、
2年半位前に、再び購読を始めた「優駿」の掲載写真に載っていた
静かに馬房にたたずむ彼女の姿を偶然見つけて、胸に迫るものがありましたよ。
ブログ記事「in the scene 」こちら→http://blog.drecom.jp/veterinary/archive/4

JODYちゃんのご命日も、この花の季節に重なっているんですね。
私は、マラウイ勤務時代に、番犬として飼っていた、賢く凛々しいジュピターという雌犬の姿を重ねてみました。
彼女もきっともう、マラウイの土に帰ったと思います。

>どちらも男勝りのご婦人でございます。
ああ。。。なんとなく私も若いころ、そういう男勝りの紅一点の獣医師であり、研究者だったのですよ。
ちょうど、ホクトベガが活躍していたころの「キャリアウーマン」と言う言葉が流行っていたころですね。
私は、その後、母になれましたけれど、ホクトベガは、シングルのキャリアウーマンのままで逝ってしまいました。
だからこそ、彼女に逢ってゆっくり話してみたいのですね。

>マック
彼は、引退後も変わらず、マイペースの味のある親父になっていたそうですね。(笑)
現役時代のマック父さんを管理していたディープの調教助手(元)の池江さんが、よく言ってましたね。
「マックがいたから、今の僕がある。ディープがあるんだ。」
ってね。

そのディープも、すっかり貫禄が付いて、どっしりした種牡馬生活を満喫しているようですね。
by: Jacaranda | 2007/04/10 11:35 | URL [編集] | page top↑

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