jpg NEO Sense of Horse Life Barbaroの戦いは静かに終わりを告げた

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Barbaroの戦いは静かに終わりを告げた

Dr.Richardson-end-Jan29-2007.jpg
Barbaroの安楽死について会見するDr.Richadson
横は、オーナーのMrs.Gretchen Jackson
Jan.29.2007
photo by Yahoo Sports!



わずか一週間前の1月22日。
Barbaroの主治医Dr.リチャードソンとオーナージャクソン夫妻は、
カルフォルニアで行われたthe Eclipse Awards 特別賞授賞式に臨んでいたのだった。
彼らのその時の嬉しそうな顔と一変した29日の会見の様子は、
本当に胸に迫る深い悲しみでいっぱいだった。

Dr.リチャードソンは、流れる涙をぬぐいながらBarbaroの最期の様子を語った。


”日曜の夜までは、彼はとてもリラックスして安定した状態でよく眠れていた。
しかし、その日曜の夜になって、容態は急変した。
Barbaroは、寝ることも立つこともできずにスリングの中で過ごした。
Barbaroの両前肢にまで及んだ蹄葉炎による激痛を軽減するために、
我々は、最大濃度量の鎮痛剤を夜通し施したが、効果はなかった。
月曜朝を迎えて彼の様子は、今までのような元気で前向きな姿はすっかり消えてしまい、
彼自身も耐え難い痛みに動揺を表していた。”

” 我々は、その彼の様子から、治療の最優先課題である、「Barbaroに苦痛を与えないこと」ということが、もうこれ以上不可能であると判断し、また今後の両前肢の蹄葉炎の治癒の可能性も低いとの最終決断をした。”

”そして、午前10:30、Barbaroの関係者すべての人が立ち会う中で、
息を引き取った。
Barbaroは、スリングの中にいて、その時の彼はリラックスして草を食べていた。 意識はしっかりしていたし、おそらく賢い彼は、これから自分の身に何が起こるのかを悟っていたのだろうと思う。
そして、我々は、鎮静剤と麻酔薬を大量投与した。”

”彼を、痛みの苦しみから開放させてやるために・・・”


5月20日のプリークネスSレースの骨折のアクシデントから、37週目。
約8ヶ月に渡る”アメリカンスターホース”Barbaroの命の戦いは終わりを告げた。
5月21日、5時間にも及ぶ長時間の骨折手術。
そして、7月8日の左後脚の蹄葉炎の発症。
それでも順調に治癒し、8月初めには、20分ほどの戸外での散歩ができるようにまでなっていた。
その時の、心地よさそうなBarbaroの顔が忘れられない。
11月には、右脚のギブスもとれ、12月13日のDr.リチャードソンの発表では、ここまで順調に経過をしていて、バルバロの退院もそう遠くないだろうということだったのだ。
明けて、1月13日。
左後脚の蹄内部の炎症が見つかり、外した右後脚に再びキャストを装丁し、左脚に体重負荷をしないように処置した。
しかし、その後も左脚のアブセス(膿瘍)は酷くなるばかりだった。
右脚再手術。
骨折治癒部位に過度な負荷が掛からないように中足骨に2本のピンを通して、体重を支えるようにした。

しかし・・・
懸命な治療を続けたけれど、最悪の結果だった。
右脚内部にも炎症部位(アブセス)が発見されたが、炎症部位まで到達できず、その処置が十分にできなかった。
その上、両前肢にも、後ろ脚をかばっているうちに蹄葉炎が発症してしまったのだった。
炎症は、その24時間のうちに急速に酷くなった。
ドクターたちの予想をはるかに超えて。

合計20数度に渡る手術を乗り越えてきた末に、待っていた悲しい結末。


Barbaroに、牧場で走り回り、草を食む幸せな未来はやってこなかった。
規則正しくリズムを刻んでいた彼のハートは、静かにその音を止めた。


Barbaro-barn-in-Fair-Hill-May10-2006Yahoo.jpg
プリークネスSのレース前、Fair Hillトレーニングセンターでつかの間の休息をとるBarbaroの在りし日の姿 
May 10,2006



ニュースソース:baltimoresun.com

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04:00 | Barbaro関連 | comments (2) | trackbacks (1) | page top↑
Barbaroよありがとう、そしてさようなら | top | Barbaroについにこの日が来てしまった

コメント

#
毎日のようにすみません。
思うんですが、Barbaroは骨折の後、なにか自分の運命?宿命?を素直に受け入れていたのではないでしょうか。なにかで見たのですが治療の8ヶ月の間一度も暴れたりしなかったと。また、あの目をみていてそう感じました。
彼の生きた年月は非常に短いです。
子孫を後世に残すことも出来ませんでした。しかしそれ以上に大きなモノを後世に残していったとおもいます。
これが彼の運命、宿命だったんでしょう。
我々もいつまでも泣いていては駄目ですね。
彼のあのレース振りのように首を使ってぐいぐい前に前にと進むあの走りのように生きていきたいと彼のレースのビデオをみて思います。
明日は週末、彼を偲んでバーボンでもやりにバーにでも行ってみます。
レースでの走り、またその生き様も人を引き付けた第132回ケンタッキーダービー優勝、Barbaroに乾杯!!
Thank you! Barbaro
Thank you! Dr,Richardson
Thank you! Jacaranda さん。


by: バルくん | 2007/02/01 14:24 | URL [編集] | page top↑
#
☆バルくんさんへ

先週の金曜日は、満月でした。
東京は、よく晴れた冬の夜空に、美しい星たちが輝いていました。
Barbaroも、あの空のどこかの星になったんだなぁと、ずっと眺めていました。

Barbaroは、本当に模範的な患畜でしたね。 だから治療にも前向きに取り組んでいたのは、バルくんさんがおっしゃるように、自分の運命を素直に受け入れて、暴れることなく素直に治療に専念していたのでしょうね。
だから・・・
最期の朝を迎えたときに、自分の運命を悟ったのかもしれません。
そう思うと、切ないですね。
いまだに、悲しみは溢れてきます。
それは、きっといやずっと、治療に当たってきたDr.Ricardsonや、Jackson夫妻はもっと深いでしょう。

4歳の短い生涯。
運命だったと受け入れましょう。

こちらこそ、こうして一緒に応援してこれたこと。
ありがとうございました。

賢く美しい鹿毛の馬。
強い強いレースだった、第132回ケンタッキーダービー馬のBarbaro。
ずっとずっと忘れない・・・


by: Jacaranda | 2007/02/05 04:08 | URL [編集] | page top↑

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 Barbaroが月曜日の朝、安楽死された。 退院間近とも報道されていたのに・・
2007/02/01 (Thu) 20:29 | 馬医者修行日記
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