jpg NEO Sense of Horse Life 2017年05月03日

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ライスシャワー

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                           1992 菊花賞 

        牡 黒鹿毛 1989年 3月5日生 北海道登別産
 父 リアルシャダイ 母 ライラックポイント 父の父 ロベルト  母の父 マルゼンスキー



2017年4月30日の日曜日、第155回天皇賞(春)のレースが行われ、
キタサンブラックが2連覇を果たした。
そのレースの勝ちタイムは3分12秒5(良、日本レコード)。

1995年の同じ天皇賞(春)のレースで優勝したのが
ライスシャワーだった。

あの年の第111回天皇賞(春)の優勝レイを付けた
ライスシャワーのぬいぐるみが
毎年、このレースを走る馬たちの無事を見守っている。

今年もこのレースを観終わって、次のメモリアルホースとして紹介するは、
このライスシャワー・・・・・

tatazumu1.gif




-疾走の馬 青嶺の魂となり- 

1995年宝塚記念で落馬、予後不良という悲惨すぎる競走馬生涯を終えた
ライスシャワーの もっとも得意とする、「淀の坂」のある京都競馬場の一角にある

記念碑に刻まれた言葉です。


馬体重430Kg、どちらかというと小柄な馬。

その生い立ちから運命の宝塚記念までを辿る彼の競走馬人生を思うたび、
私は胸がつまる思いでいっぱいになるのです。

厩務員の川島さんや飯塚調教師、
そして鞍上をつとめた的場均騎手のあふれるばかりの愛情。

「ライスシャワー その栄光の奇跡 」というビデオを観るたび、
無念さで涙が出てきます。


過酷な長丁場に耐えるスタミナ、不屈の精神力、
騎手と一体となって戦う従順さと、
その内に秘めた闘志。

そんな、ステイヤーとしての美徳をすべてそなえた1頭の名馬。

4歳クラシック菊花賞、秋の前哨戦 「京都新聞杯」で、
ミホノブルボンの2着に入線したライスシャワー。

マルゼンスキーの肌にリアルシャダイがかかった長距離の血。

頭が低い姿勢とテンポのいいピッチ走法が物語る、
彼自身の明らかなステイヤー資質。

そして、夏を越して、ダービー2着の時には4馬身あった差を、
一気に1馬身半まで詰めてきた成長力。

血統的にも長距離向きの晩成型ステイヤーでした。

2冠馬ミホノブルボンの三冠目の菊花賞を阻止した、
京都競馬場での彼の末脚。

ライスシャワーはミホノブルボンに1馬身1/4差をつけて、
ついに先頭でゴール。

勝ちタイムは3分5秒0、菊花賞レコードでした。

しかし、その時の私にとって、むしろライスシャワーは
「 ブルボンを倒した憎きヤツ 」
でした。

そして、そのままミホノブルボンのほうは、
引退を余儀なくされてしまい、
その後のライスシャワーは、
ブルボンのいなくなった4歳世代の大将格として、
古馬戦線を戦うことになりました。

1993年、(旧)5歳になった「 刺客 」ライスシャワーは、
天皇賞(春)で、
またしても春の盾3連覇を狙ったメジロマックイーンを、
2馬身半の差をつけて先頭でゴールしたのです。

京都芝3200mを駆け抜けた3分17秒1の勝ちタイムは、
天皇賞(春)のレコードだったのです。

しかし、天皇賞のレース後のライスは、
それまでの闘志をむき出しにするような、
あの凄みがなくなってしまったのです。

激走の疲れだったのでしょうか。

(旧)6歳春、天皇賞(春)を直前にして右前脚を骨折し、  
長い不振のトンネルに陥ってしまいました。


そして、ついに7歳(現6歳)の春、
2度目の天皇賞の盾を僅差で奪還したのです。

それまでの優勝は、勝ってもいつも
地元関西のスターホースを無残にも倒した仇役という憎まれ役だったのが、
この鼻差で勝ち取った執念の勝利に対して、
「刺客」ライスシャワーという脇役としてではなく、
初めて観衆からの彼に対する歓声と祝福を受けたのです。

天皇賞・春(Gl)2勝目という偉業、そして2年ぶりの復活勝利という、
まぎれもないライスシャワー自身の奇跡でした。

菊花賞優勝から、いつしか「淀の坂」の京都競馬場は、
ライスシャワーの走りを待っていたかのようでした。

7歳という年齢の衰えをもってして、
なおもステイヤーとしての彼の意地、勝負にかけた凄みが、

2着のステージチャンプをたった鼻差という僅差での首位奪還をもたらしたのでしょう。

この日のライスは、TVの前で観ていた私をはらはらさせました。

淀の3200m の 第3コーナーにかかる長い上り坂から
早くも先頭に踊りだしたのですから。

淀のコースは、上ってからまた下るという心臓破りの坂が待っているのです。

だから、

「 あっ! ライス、仕掛けるのが早いのでは・・・ 最後の直線まで持つのか・・・」

しかし、

その日のライスシャワーは、それまでの長い低迷を払拭するように、自らの意志で
同期のミホノブルボンを倒し、
最強のステイヤーの名を欲しいままにしていた
武豊騎乗のメジロマックイーンを直線で沈めた
思い出の京都競馬場で、2年ぶりに再び勝利を勝ち取ったのです。

最後の本物のステイヤーとしての誇りを、京都競馬場の観衆の前に示したのでした。

「 やった・・・ 」

ほっと、安堵しました。「 ライスシャワー、お前は本当にすごいヤツ・・・ 」


しかし、ライスシャワーにとってこの日が、
生涯最後の栄光のゴールとなってしまったのです。



そして、迎えた6月4日、宝塚記念。 

舞台はやはり京都競馬場。

その年、1995年の宝塚記念レースは、阪神大震災の影響で、
いつもなら阪神競馬場での開催が、
舞台は京都競馬場に振り替えられていたのです。

そのことも、ライスシャワーの悲劇的な運命への旅立ちへと導いたのでしょうか。
ファン投票第一位という、堂々とした主役としての参戦でした。


3コーナーの坂を駆け上がるライスを襲ったもの、
それがなんだったのかは判りません。

突然、前のめりになったライスシャワーの体が崩れ落ちていきました。

TVの画面を見つめていた私の口から 

「 ああ。。。 」という悲鳴とも絶叫ともいえない声がもれました。


左前脚第1指関節開放脱臼。

しかも、脱臼した箇所より下の部分の骨は、粉々に砕け散っていました。

予後不良により、その場で安楽死処置。

その日のレースをいつものように録画していた私は、
最近になって偶然にも消してしまいました。

それは、もしかしたら、その彼の最期のレースを心に残すのではなく、
黒く輝いて、先頭でゴール板を駆け抜けていったライスシャワーの姿を
胸に刻んでおいて欲しいという
天国のライスからのメッセージかもしれません。


淀を愛し、淀で輝いた最後のステイヤー、ライスシャワー。

その最期は、あまりにも悲しすぎました。


「 天皇賞からあと、ライスシャワーはいい顔してたよ。
  目が澄んでね。  
今でもそれははっきり覚えている。」  

ライスシャワーの主戦ジョッキーだった的場均騎手の、彼を振り返る言葉が、
そんな私の心を優しくします。


ホクトベガやマイシンザンが出走するという1995年の毎日王冠を観にいった
東京競馬場の ターフィーショップで購入したライスシャワーのぬいぐるみ。

トレードマークの黒いメンコをつけて、111回天皇賞(春)の優勝レイをつけています。

愛車の後ろにビワハヤヒデと一緒に飾ってあって、
なんだか日に焼けて、色あせてきました。。。
( ライスゴメンね。。。)

今、ライスシャワーは、生まれ故郷の北海道登別にある、
ユートピア牧場で眠っています。


             さあ、完全にライスシャワー先頭だ!

             ステージチャンプ!ステージチャンプが2番手に上がった!

             ライスシャワー! ライスシャワーとステージチャンプ!


             いや~、やったやった~!

             ライスシャワーです!!

             おそらく、おそらく、
       
             メジロマックイーンもミホノブルボンも 喜んでいる事でしょう!

             ライスシャワー!

             今日はやった~!

             勝ち時計3分19秒9!

             ライスシャワーです!

  ----- 杉本アナの実況 ( 1995年天皇賞・春 ) -----


私は、小柄でしなやかな黒鹿毛の馬の、

その首を低く下げて走る姿をいつまでもいつまでも追い続けています。




sougen.gif


生産者 ユートピア牧場
調教師 飯塚好次(美浦)
主戦騎手 的場 均
競走成績 25戦6勝
総獲得賞金 7億2949万7,200円
表彰項目 1995年 JRA賞特別賞
主なレース成績
1992年 東京優駿[日本ダービー] (GI) 2着
1992年 セントライト記念(GII) 2着
1992年 京都新聞杯 (GII) 2着
1992年 菊花賞 (GI) 1着
1993年 日経賞 (GII ) 1着
1993年 天皇賞[春](GI) 1着
1995年 天皇賞[春](GI) 1着
1995年 宝塚記念 (GI ) 中止

1995年6月4日没


s93nikkei-1.jpg
+ 1993日経賞 +
的場騎手とライスシャワーの雄姿

黒鹿毛が青い手綱に映えて美しい

写真提供:「RACINGFIELDS.com」



( 2004年9月3日記 )


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