2008年
01月
30日
(水)
00:53 |
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2006年ケンタッキー・ダービー馬
Barbaro。
昨年の今日、1月29日(around 10:30 A.M. EST )
永眠。
あれから一年経った。
あの時、流した無念の涙。
Barbaroからもらった生きる示唆を
いったい私はどれほど実践しているのだろうか。
ずっと忘れたことはなかったBarbaroの姿。
そして、Dr. Deen Rechardson のこと。
この先ずっと、自分の仕事に対する甘さを
天のBarbaroに向かって、懺悔しよう。
短い生涯、身を持って深い深い事柄を気づかせてくれた
この聡明で美しい一頭のサラブレッド
Barbaro。
そういう存在感を持って迫ってくる、1月29日という日。

photo by Baltimoresun.com
BARBARO
Sire: Dynaformer
Grandsire: Roberto
Dam: La Ville Rouge
Damsire: Carson City
Sex: Colt
Foaled: April 29, 2003
Country: United States
Colour: Bay
Breeder: Lael Stables
Owner: Roy and Gretchen Jackson
Trainer: Michael R. Matz
Record: 7:6-0-0
Earnings: $2,302,200
Major Racing Wins & Honours & Awards
Major Racing Wins
Laurel Futurity (2005)
Tropical Park Derby (2006)
Holy Bull Stakes (2006)
Florida Derby (2006)
American Classic Race wins:
Kentucky Derby (2006)
Racing Awards
NTRA "Moment of the Year" (2006)
2007年
06月
04日
(月)
23:49 |
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東京競馬場 ローズガーデンにて
気がつけば、もう6月4日。
ライスシャワーの最後のレースになった宝塚記念。
以前は、こんなに早い時期に行われたレースだったのだなあ・・・
と、昨日の安田記念の余韻に浸っていて、改めて思った。
ダイワメジャーのように現役馬が、危なげなく勝ってくれるレースは、
観ていてもほっとするというか安心するというか。。。
そういう気持ちで居られるのだけれどなあ。
ライスシャワーという馬には、
彼が現役で走っている間じゅうずっと、
どこかはかなげで、哀しげなそして静かな凛々しさのようなものを
ターフで彼の姿を見るたび感じていたように思う。
小さくてしなやかで、何か遠くにあるひとつの願いを探しているような
ひたむきなフォームで走り続ける
不思議な魅力をたたえていたサラブレッドだった。
ライスシャワ− 天に駆けた最強のステイヤ−
ライスシャワーという馬の強さを3歳〜4歳春のうちに見抜いていた競馬ファンは少ないだろう。
その証拠に、ダービーに駒を進めたライスシャワーは18頭のうち16番人気。
それにも関わらず彼はミホノブルボンの2着に健闘し、一躍、注目を浴びることになる。
そして菊花賞という大舞台で、ライスはミホノブルボンの3冠を阻止し、この無敗の最強馬に唯一、土をつけた馬となる。
明けて5歳、春の天皇賞ではメジロマックイーンの3連覇に期待が寄せられた。
だが、ここでもライスは激走し、大記録を阻止した。
その後、2頭のライバルはターフを去り、ライスの闘志も火が消えてしまう。
格下の馬に敗戦、骨折による長期休養と、もはや彼の時代は終わったかに思われた。
だが、平成7年の春の天皇賞で、遂に3度目のGI制覇を成し遂げる。
過去2度の栄光と同様に京都競馬場で。
そして、皮肉にもこの思い出の地が、最期を迎えた場所となる。
ファン投票1位 で選出され、宝塚記念に出走したライスシャワーはレース中に左前脚を骨折、そのまま安楽死の処置が取られた。
もはやライスはもちろん、その子供たちの姿すら見ることは出来ない。だが、競馬ファンはその勇姿を永遠に忘れないだろう。
== DVD解説より ==
毎年、アジサイの花の色づく雨の季節を前にすると、
漆黒に光るライスシャワーの走る姿を
緑のターフの上に重ねて見ている。
あんな哀しい最期はなかった。
あんな綺麗な眼をして、ゴールに向かう姿はなかった。
ライスシャワーよ、
あの最後のパドックから地下馬道に向かうとき、
厩務員の川島さんに振り向いて、何を伝えたかったのだろう
私は、あなたのその時の眼を思うと、
胸が痛くてたまらなくなる。
あれから10年を超えるのに、いまだにそういう思いに駆られる
6月4日という日。

DVD 発売元:ポニーキャニオン
2007年
04月
04日
(水)
03:29 |
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診療業務に追われている私は、
ほとんどまったく競馬界の動きを把握する余裕のないほど。
すっかり、生活の激変だ。
それでも、日曜出勤前、しっかりTVのビデオ予約をして出かけた。
帰路の電車のなかで、さて、今日の産経大阪杯の結果はいかに・・・?
と、携帯の競馬ニュースをチェックする。
前日3月31日深夜行われた、ドバイWCの各レース結果もその時知った。
まず、
日曜阪神。
大阪杯でのメイショウサムソンの久々の横綱レースでの優勝が
嬉しかった。
そして、そして
今年もまた、世界に羽ばたくニューヒーローの誕生だ。
ドバイ・デューティ・フリー(G1)芝1,777mのレースで、
アドマイヤムーンがついにやってくれた。
そして、ダイワメジャーも3着。
昨年ノシーマクラシックのハーツクライといい、
古馬になっての才能全開という、強い競馬だった。
そんな、華やかな浮き立つようなドバイ・ナドアルシバ競馬場からの
ニュースは、
どうしても、今日10年目の命日を迎えたホクトベガのことを思ってしまう一日だった。
そして、昨年自身の誕生日に逝ってしまった名ステイヤー、メジロマックイーンのことも・・・
マックイーンとの名コンビだった武豊騎手騎乗のアドマイヤムーンが走り抜ける、
夜間照明に輝くナドアルシバ競馬場を思い浮かべると、
2頭の忘れられないこの馬たちのことがことさら記憶によみがえってきた。
毎年この4月3日は、花を買って仏壇に飾っているのだけれど、
今年から、2頭分を心を込めて選ぶ。
今日は、ホクトベガの勝負服(黄色X水色)に合わせて黄色と
マックイーンの勝負服だった緑X白の緑色のラナンキュラスの花を買ってきた。
新しい病院の業務で、余裕のない毎日。
その中で、こうして
嬉しい、メイショウサムソンの復活ニュースや
ホクトベガやマックイーンの存在を確認して、
競走馬たちからもらう深くて温かい癒しを実感する。
疲れ切った、でもほっとする休日前の夕食の時間に
改めてここ一週間の競馬ニュースを読み直し、
ドバイの結果を一頭つづていねいに読んでいくうちに、
涙が出そうになった。
さらに4月1日日曜日には、
久々にマックイーンの遺児、ホクトスルタン号が、福島10Rひめさゆり賞(3歳500万)で優勝してくれたしね。
なんだか、嬉しい。
そして、競走馬がいとおしいって思える。
いろいろ、現世に生きる、おろかな人間の私を
そっと、いやしっかり元気を取り戻させてくれる存在だ。
自信を無くしそうになる私に、背中を後押ししてくれるような
そんな不思議なエネルギーをもらえる。
そして、そし・・・
ホクトベガよ。
私も、あなたのようなかっこいい”キャリアウーマン”を
もう一度目指すよ。
そして、いつか本当にドバイまで逢いに行くよ。
いろんなことあるよね。
でも、あなたのように、男馬を蹴散らして、威風堂々かっこよく
人生を走り抜けたいよ、
私もね。
どこまで行けるか、判らないけれど
努力してみるよ。
4月3日。東京は、雨。
桜の花もしっとり濡れて、優しい色をはなっていたよ。
2007年
01月
14日
(日)
14:11 |
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テンポイント 日経新春杯パドック 1978
山田厩務員さんとともに・・・
今日は、京都の日経新春杯の日。
このレースが来るたび、思い出さずにはいられないあの一頭の馬のこと。
テンポイント。
どうしても・・・
あの悲しい運命のレースが、頭に浮かんできてしまう。
だから、このレースが存在しなければ、
テンポイントも不幸になることもなかったのではないかと、
どうしても思ってしまう。
だから、
毎年、このレースには、特に
全馬、無事に回ってきて欲しいと願う。
完全に、トラウマだ。
私が生涯で初めて、競争馬というものを現実に意識したのが、
このテンポイントという馬だったからだ。
同じようなお気持ちで、毎年迎えておられる人がいる。
そう、山田雅人氏だ。
氏の競馬通は有名なところだけれど、特に氏のテンポイントに対する
熱い思いは、私などの非ではない。
昨年、「 なんでも鑑定団 」というTV番組に、テンポイントの蹄鉄というのを出品されていたことがあって、
司会者(伸介さん)そっちのけで、テンポイントのことをとうとうと語り始めて、
伸介さんに制止されていたという場面があったほど。
今日も、ご自身のブログに、 「 日経新春杯が来るたびに。」というタイトルで、
記事を寄せられている。
私も、「 My Memorial Horses 」の中で、テンポイントのことを書いているが、
改めて、山田氏の記事を読んでいると、
この年、もし無事に海外レースに挑戦し、そして
凱旋門賞にも、もし( 本当にもしもだ。。。)、出走していたら、
世界の名馬シアトルスルーとの夢の対決が実現していたかもしれないという・・・
結果的には、両馬とも凱旋門には臨まなかったけれど。。。
山田氏の” 見果てぬ夢のレース”なのだろうと思う。
あの日の日経新春杯は、テンポイントにとって、そういった
”世界最高峰レースに向かって! ”
という壮大で大きな希望を、多くのファンたちに抱かせてくれた
そういう意味を持っていたレースだった。
前年の有馬記念を、宿敵トウショウボーイを倒し、国内最強馬と君臨した翌年、
「 さあ、これからは日本代表として、海外に挑戦だ! 」
いわば壮行レースのために、関西の熱心なファンのためにと、
陣営が選んだ出走だった。
あの当時は、今のように西高東低の力関係ではなく、
どちらかというと関東馬優勢の時代だった。
だからこその遠征を控えて、選んだ関西主催のレースが、この日経新春杯だったのだった・・・
運命の分かれ目。
偶然昨日、昨年のレースプログラムを整理していて、
セントライト記念の時のレープロの裏見開きに、今井寿恵さんの写真・文による、
「 私が出会った名馬 〜 赤目のスルー〜 シアトルスルー 」
というコラムが載っていて、
思わず、次のMy Memorial Horses には、このシアトルスルーの記事をまとめてみよう・・・
そう思っていたところで、
なんだか偶然とも思えない気がしてきた。
テンポイントを愛した作家、寺山 修司の詩「旅路の果て」
に、
さらば テンポイント
目をつぶると
何もかもが見える
ロンシャン競馬場の満員のスタンドの
喝采に送られて出てゆく
おまえの姿が
というくだりがある。
胸が痛くなってくる。
今日の京都は、天候 晴れ。 雪もなく、馬場は良。
昨年の覇者、アドマイヤフジ。
鞍上も福永騎手に戻っての2連覇に期待をこめて。。。
いざ!
2006年
07月
10日
(月)
00:52 |
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カナハラドラゴン
写真提供: netkeiba.com
日曜、福島のメインレースは、七夕賞(G3)。
1.2着が、メイショウカイドウ、コンゴウリキシオーと順調な結果の裏に、
また、一頭ターフに消えた馬がいる。
カナハラドラゴン、8歳。
2コーナーあたりで、競争中止になってしまった。
今、JRAのサイトで確認したら、
9番カナハラドラゴン号(大西 直宏騎手)は、他の馬に関係なく馬体に故障を発症し、向正面で競走を中止しました。
馬 :左第1指骨粉砕骨折 ※予後不良
騎手:異状なし
と・・・
「 予後不良 」という悲しい文字。
カナハラドラゴンは、父 アンバーシャダイ (父の父) ノーザンテースト
母 ミナガワローマン(母の父 ブレヴェストローマン )という渋い血統。
浦川、谷川牧場の生産馬。
夏のローカル開催で、いつも耳にしていた彼の名前。
地道に、こつこつと走り続けていた。
運命と受け入れても、やはりとても残念。
冥福を祈ります。

ツインターボ オールカマー記念テレカ(1993)
さて、、、
この「 七夕賞 」にまつわる思い出。
私にとってはツインターボのことですね。
小さな逃亡者の逃げ馬だったツインターボ。
青いメンコで、韋駄天のごとく逃げて、最後ズルズルと後退する派手なレースぶりに、
多くのファンを魅了していた彼の1993年の七夕賞は、
どっこい” そのまま、そのまま〜〜!”の、4馬身差の逃げ切り勝ちしたレースでした。
七夕賞・・・
今年もまた忘れられないレースになってしまいました。



