jpg NEO Sense of Horse Life 思い出の馬

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天皇賞・春 あれこれ

ten-nousho20130428.jpg
天皇賞・春2013 TV観戦中のライスシャワーとビワハヤヒデ


今年の天皇賞観戦後は少し時間が取れていて、
色々、書き留めておきたいことがあったので
まとめてみます。

まず、
TV実況アナの岡安さん(関西TV)が、4日の実況で競馬中継から引退されたとのこと。
その最後の実況に、味なコメントを残されたという。

それが、この春の天皇賞の主のように参戦してきたトウカイイトリックのことを
紹介してくれていたこと。


岡安アナの本馬場入場の実況


トウカイトリックは、ディープインパクトの同期。
この天皇賞に過去8回の参戦をした長距離ランナーの雄。
今年、12歳になって引退し、ゆかりの京都競馬場の誘導馬として訓練を積んで
この日曜の天皇賞でデビューする準備をしていた矢先、
放牧中に不慮の骨折事故で天に召されてしまった。

ステイヤーとして長く、「無事是名馬」を体現してくれていたトウカイトリック。
昨年のステイヤーズS(11月30日中山)に、初めて現地観戦して彼の雄姿を観たのも
虫の知らせか。。。
などと思いたくはないが。。。
3着に入ってさすがの貫録だった。応援馬券も取らせてもらった。

そんな思いもあふれている。


それから。。。
過去このレースを勝った馬の名前。
そう、
ライスシャワーと、そして
私の大好きだったビワハヤヒデ(第109回天皇賞・春1994年の勝ち馬)が
並んでTV中継を見守る写真を撮ったのが、昨年の天皇賞・春の図。

その時は、ゴールドシップを応援していて、勝ったフェノーメノには
悔しさしかなかったのだけれど。。。

そんな彼が、涙の連覇を果たしてくれたのも、感慨深い。
ゴールドシップは、さて。。。難しい馬だね。。。
G1馬なのに、毎回鞍上が乗り替わっていて、彼も落ち着かないよね。
なんだか、切ないね。


そんなビワハヤヒデが勝ったレースは、パラグアイ赴任中の春で、
地球の裏側から彼の雄姿を一日遅れで配達されるスポーツ新聞で確認したのもいい思い出。
それも、今ではYou Tube でいつでも観ることができる。

(とはいつつ、今回初めて観た! 感激。
  同期、ナリタタイシンも2着だったんだね~~~!!)
彼もナリタタイシンも24歳になる。
いつまでも元気でいてほしいものです。




淀の申し子ライスシャワー先輩とともに我が家では
2頭の天皇賞馬が鎮座して、毎年、この天皇賞のレースを
後輩たちの走りを見守っていますよ。



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14:00 | 思い出の馬 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

New Year's Eve 2011

BuenaVista-final.jpg
ブエナビスタ引退式 Dec.25.2011 中山競馬場にて



もうすぐ2011年が暮れようとしています。




今年もいろいろなドラマがありました。

今年、天に召された競走馬たち
そして
ターフを去った馬たち


東北大震災で被災した相馬馬追いの馬たち
様々な苦労を経験したことだろう被災した馬たち


それぞれの未来に幸あらんことを

切に、心から願います



2011年 物故馬

1.31 レッツゴーターキン号(24歳)→ サンライズステイブルで病気のため死亡
3.04 サニーブライアン号(17歳)  →  優駿ビレッジ「アエル」で病気のため死亡
4.30 サクラバクシンオー号(22歳)  →  社台スタリオンステーションで心不全のため死亡
5.08 スプリングソング号(6歳)  →  変位疝のため予後不良
5.24 ケイキロク号(34歳)  →  日高町の外舘孝一氏の牧場で老衰のため死亡
6.26 イコピコ号(5歳)  →  夏至Sにて予後不良
8.16 セイウンスカイ号(16歳)  →  西山牧場で心臓発作のため死亡
8.29 オフサイドトラップ号(20歳)  →  明和牧場で病気のため死亡
10.04 シンボリルドルフ号(30歳)  →  シンボリ牧場で死亡
10.07 サッカーボーイ号(26歳)  →  社台スタリオンステーションで蹄葉炎のため死亡
10.28 ドクタースパート号(25歳)  →  日本軽種馬協会静内種馬場で老衰のため死亡
12.02 ショウワモダン号(7歳)  →  馬事公苑で事故死
12.05 シンコウラブリイ号(22歳) →  シンコウファーム(北海道門別町)で蹄葉炎のため死亡
12.31 ニシノライデン(30歳) → 西山牧場育成センター(北海道日高町)で心臓麻痺のため死亡






ターフで駆け抜ける競走馬たちに
今年もたくさんたくさん元気をもらいました

ありがとう

そして
また来年
元気に再会できることを
願って

行く年を惜しんで・・・




arima2011-01.jpg
中山競馬場 イルミネーション 有馬記念の日にて


23:59 | 思い出の馬 | comments (1) | trackbacks (0) | page top↑

ショウワモダンが。。。

20111203154435[1]
photo by mobile


昨年2010年の安田記念勝ち馬ショウワモダンが繋養中の馬事公苑の馬房内で
事故死してしまったというニュースが飛び込んできた。


 

JRAは2日、10年安田記念(GI)などに優勝し、現役引退後は馬事公苑において繋養されていた
 ショウワモダン(牡7)が、2日13:20に同苑内にて事故のため死亡したと発表した。

 ショウワモダンは、父エアジハード、母ユメシバイ(その父トニービン)。
 半兄に新潟記念(GIII)を勝ったユメノシルシ(父フジキセキ)がいる血統。
 2歳時の06年にデビューし、3歳時にはスプリングS(GII)4着など重賞でも好走を見せたが、
 本格化したのは5~6歳になってから。
 10年ダービー卿CT(GIII)で重賞初制覇を飾ると、続くメイS(OP)、安田記念(GI)と3連勝でGI初制覇を果たした。 その後は勝利することができず、今年の京王杯スプリングC(GII)14着後、
 安田記念を目指していたが鼻出血を発症し引退、乗馬となっていた。

 通算成績47戦10勝(重賞2勝)。

【馬事公苑苑長・三笠貞弘のコメント】
「午後1時過ぎ、ショウワモダンの首が馬房の馬栓棒の間に不自然な形で挟まっているのを発見し、
 懸命に救出作業を行いましたが、残念ながら咽頭部の圧迫による窒息のため死亡しました。
 競走能力だけでなく、馬術競技馬としての資質も優秀で、
 来年の活躍を目指して調教を重ねていた矢先の事故で非常に残念です」

   ――――― netkeiba.com より ――――



 
 馬ブログ仲間の北海道に住む友人から、毎年いただいている社台グループの卓上カレンダー。
 11月は、そのショウワモダンの安田記念の優勝時の写真だった。

 ずっと、11月の1か月間、毎日PCをしたり読み物をするたび、
 ふと鞍上の後藤騎手のうれしそうな顔と
 レース直後の少し興奮気味に首を下げて目をカッと見開いて、
 ターフを睨みつけているようなショウワモダンの姿を見ながら
 なんとなく
 背景になっている空の青さがぼけていて、白っぽいバックに写る姿が
 なんだか気になって気になって、
 早く12月になってほかの馬の写真に替わってほしいなあ、、、
 と、彼(ら)には申し訳ないが心中で思っていた。

 ほかの月の写真にはみな、レース中のターフの緑の色がどこかしらに背景の中にあって
  (まあ、唯一、7月の写真には、ジャパンダートダービーの勝ち馬マグニフィカの写真は
   当然ながら、夜の写真なので、緑色はないけれど。。。)
 どうしても、この11月のショウワモダンの写真が、その色のように危うくうすぼんやりと儚げで
 優勝時の雄姿なのになぜ?・・・
 心に引っかかっていた。
 そう、一か月間ずっと。。。

 11月30日、11月最後の夜になって、写真の中のショウワモダンに
  
  「 もういいでしょう?」
  
 と、日付が変わる前にはやばやと12月のカレンダーにめくってしまった。
 どこか、ショウワモダンに悪いような気がして、心に引っ掛かるものがあったのだけれど
 めくったとたん、現れたのは、クイーンSの勝ち馬のアプリコットフィズの
 色鮮やかな黒と黄色の勝負服と彼女の黒いメンコと黄色の両前脚のバンテージと
 ターフの緑!

 一瞬にして、デスクの上が華やかになった。


 そんな、ことを思い起こしながら、
 昨日、亡くなった彼のことを想った。

 そうして、もう一度カレンダーを11月に戻して、
 改めて彼の姿を眺めてみると
   
   苦しかっただろうな。。。

 そう思ったら、目の奥が熱くなってきた。
  
 写真の彼は、どこか儚げだ。

  彼の競走馬としての生涯の中の
  最高で最後の一瞬のきらめきを
  あの安田記念の日に燃やしたのではなかったか。。。


  そんな風に思えてならない。

  写真の彼は、今頃、
  お母さんの名前のように
  天国で「夢芝居」を演じているのだろうか。。。   



  ショウワモダン
  
  昭和を生きてきた私たちに、さようならを告げてしまった

  合掌。

  

18:46 | 思い出の馬 | comments (3) | trackbacks (0) | page top↑

皇帝ルドルフ逝く

shinbori-rdrf_netkeiba_com.jpg
昨年のJCでのシンボリルドルフ
photo by netkeiba.com


シンボリルドルフが10月4日未明に亡くなった。

30歳。

10月に入ってから体調を崩していたそうだが。。。
最期は、眠るように逝ったそうだ。

う~~ん。。。

額に光る 「C」のマークが印象的な
「皇帝」の名に相応しい威厳と気品のある馬だった。

ルドルフこそ
「史上初の無敗の三冠馬」として長く君臨していた馬だった気がする。
あの、ディープインパクトがそれを達成した時でも
シンボリルドルフの次だもの。

偉大な父パーソロンの晩年の最高傑作だった。
息子のトーカイテイオーにその資質が引き継がれた。




いつか別れが来るとはいえ、いつまでも元気でいてほしかった。

岡部さんのコメントを読んで、泣いた。

=岡部幸雄氏のコメント=

「元気だと聞いていただけに、今朝報せを聞いてとても残念に思いました。
 思い出はたくさんありすぎて一言で表すのは難しいですが、“自分の人生の一部”とも言える馬でした。」


嗚呼、やはり
昨年のJCに東京競馬場に逢いに行っておけばよかった。。。

とてもさびしい。。。。。




シンボリルドルフ
鹿毛

生年月日 1981年03月13日
血統
父 パーソロン  Milesian /Paleo
母 スイートルナ スピードシンボリ/ダンスタイム

調教師 野平祐二
主戦騎手 岡部幸雄
馬主 シンボリ牧場
生産者 シンボリ牧場
産地 門別町
中央獲得賞金 68,482.4万円
通算成績 16戦13勝



00:58 | 思い出の馬 | comments (4) | trackbacks (0) | page top↑

ドバイの星になったホクトベガへ

Hokuto-Vega2011.jpg


今日4月3日は、ドバイに眠るホクトベガの命日。
そして、メジロマックイーンの誕生日であり、命日でもある日。

1週間前の3月26日、奇しくもホクトベガの誕生日の日に
あのドバイの地で悲願の日本馬がドバイワールドカップを勝った。

ホクトベガの挑戦から実に14年の歳月が流れ
ついに、日本馬が頂点に立った。

ホクトベガがきっときっと空から、ヴィクトワールピサとトランセンドの走りを
後押ししていたのに違いない。。。

東北地方太平洋沖地震の被害に見舞われた、この今の日本に
こんな嬉しい幸せな奇跡のような朗報が
ベガの眠るドバイから届けられたなんて・・・。

静かな闘志を見せてレースに向かう貴女の姿を思い出し、
そして、またあきらめずに前を向いて生きていく力をもらった

ありがとう
ホクトベガ
そして
被災した東北地方の競走馬達も
みんな、頑張って行こう






23:30 | 思い出の馬 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑
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