2007年
02月
04日
(日)
18:00 |
編集

骨折手術後、Dr.Richardsonにひかれて馬房に戻るBarbaro
May 21,2006
Photo by Penn
Barbaroの8ヶ月に渡る治療について、
獣医学的観点からその貢献=価値についてまとめてみたいと思います。
カルフォルニア大学、ディビスの馬医療センター長のDr.Gregory L. Ferraroや
アメリカ獣医師会のスポークスマンは、こう述べています。
「 Barbaroのオーナー、調教師そして獣医師団の決断と功績をたたえます。
ほぼ絶望と思われていた骨折から、可能性を信じて彼をここまで回復させたことは、
他の多くの獣医師たちに、今後、馬の骨折治療に対する有効な示唆を与えてくれました。
治療開始当初から、ドクターを初めとしてオーナーや調教師は、馬の骨折治癒過程において、
体重負荷の問題で蹄葉炎などの炎症に襲われる可能性、
そして、その痛みのひどさのために、
今までほとんどの獣医師がその治療に不安を持っていたということは十分に認識していました。
そのため、彼らはその蹄葉炎を徹底的に回避するための処置を行ってきました。」
「 蹄葉炎は、競争馬にとって、1800年代から長い間不治の病とも言われてきました。
Barbaroの蹄葉炎予防処置は、体重のバランスを保つことを主に対処されてきました。
しかし、他の馬の場合は、この恐ろしい病気を回避するために、
薬による対応であるとか体重負荷を軽減するための食餌制限などの方法をとってきました。
蹄葉炎は、いまだその発生病理学的には未知の部分もあり、
それがこの疾病を予防したり、治療する方法を困難にしている原因のひとつです。
今回のこのBarbaroの治療は、結果的には成功しませんでしたが、
今後の臨床獣医学において、確実に疾病の解明研究に役立っていくものです。」
「 加えて、1200ポンド(約500Kg)にもなる馬の体重を支える脚の負傷からの回復が
いかに困難なことであるかということを、私たちに改めて考えさせてくれました。
それは、残念ながら馬の持つ生理学的な問題であるわけです。
もし、人間が同じような骨折をした場合は、
何週間ももベッドに寝たきりでいなければならないほどの大変なものです。」
今後、世界中の獣医師たちは、Barbaroに施された体重バランス保持の方法や
ペインマネージメントから、多くのことを学ぶことができるでしょう。
また、骨折部位の固定に使用された改良プレートやボルトの使用。
手術の際の麻酔から安全に回復する術など、
その他にも多くの学ぶべき技術があります。
馬の麻酔時の覚醒期に馬が暴れて、そのためにまた新たな骨折を招く例があるからです。
それになにより、Dr.Ricardson自身の骨折手術技術の素晴らしさも忘れてはならないことです。
そのスキルは、通常の整形外科技術をはるかに越えるものです。
もちろん、Barbaro自身の聡明な治療に取り組む姿も忘れてはなりません。
スリングで過ごしている時も、彼は上手にバランスを取っていました。
そのため、治療の期間中、スタッフは、ずっとBarbaroの治療が長期に渡っても
安心して取り組むことができたのです。
しかし、それがすべての馬に応用されるとは残念ながら言えません。
馬主が喜んで、この大きな動物に治療費を支払うことをいとわないことと、
馬が頑強で健康であることが必要です。
残念ながら、Barbaroのようなケースは稀です。
彼の血統、裕福な馬主。
実際、Barbaroの治療中にもアメリカ国内はもとより世界で多くの馬たちが、
このような骨折事故の際、予後不良として安楽死処分されていったのです。
その経費は、初診に支払われるお金だけでおよそ数千ドル。
一人の子供が一年間にかかる教育費に匹敵する金額です。
そして・・・
どんなに努力をしても、治る希望が失われた時は、やはり
「安楽死」という方法しかないという現実が立ちふさがっていることを
今回のBarbaroから学んだことの一番大事なことであるということを
私たちは忘れてはいけないと思います。
あの悲しい最期をどうにかして今後の馬たちから回避してやる方法を
見つけ出す努力
それをしていかなければならないと思うのです。
それは、その方法が見つかるまであきらめずに努力をしていかなければ
ならないのです。
強く、そう思います。
ニュースソース:"Barbaro's injury highlighted problems, medical advances"

いまだに、ふと気がつけば、眼の奥が熱くなってきてしまうのですが、
彼の闘った8ヶ月の存在を決して忘れることのないように
過ごしていかなければ。。。
そう自分自身に叱咤する毎日です。

New Bolton Center on Jan.29, 2007
We will continue to treat Barbaro aggressively
as long as he remains bright, alert and eating.
by Dr.Ricardson
Jan.28, 2007
我々は、Barbaroが生きる意欲に溢れていて食欲がある限り、懸命に治療を続けていく。
"I can't take this anymore."
he said on Ja.29, 2007.
彼にはもうやれることはすべてやった。
もうこれ以上は無理だ。
2007年
02月
04日
(日)
09:36 |
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Barbaro-barn-in-Fair-Hill-May10-2006
Photo by Yahoo ! Sports
8ヶ月に渡るBarbaroの闘病生活の終焉を迎えた29日から少しずつ日が過ぎていきます。
私のこのブログにも多くの方が訪問され、コメント残してくださいました。
ありがとうございます。
そして、そういった様々なご意見や感想の中から、どうしてもまとめてお話したいことがあります。
それは、
「 Barbaro のこの8ヶ月間は、果たして価値あるものだったか? 」
という疑問に対する私の答えと考えについてです。
"Was it worth ?"
29日の会見で、主治医であるDr.Richardsonに向けられた記者団の質問に、
彼はきっぱりとこう答えました。
" He had many happy days."
"People face tough odds every day, and sometimes we can't beat them. But Barbaro has been a testimony not only to a great horse but to what we look for in everyday life -- the ability to face up to the challenge.
「 私たち人間は、日々困難に直面します。
そして、人はそれらの困難に打ち勝つことができないこともあります。
Barbaroは、私たちが日常生活の中で模索しているもの
--挑戦する力--
を、身をもって示してくれたのでした。」
ピムリコ競馬場代表兼メリーランドジョッキークラブ最高責任者Lou Raffetto氏の弁
ニュースソース:
"Richardson: Barbaro 'had many happy days"
”Barbaro's injury highlighted problems, medical advances”

こういった、Barbaroの8ヶ月間は価値あるものだったと評価する一方で、
結局苦しんだ末、安楽死になるのであれば、骨折してすぐにそうしておけばよかったのではないか、
と考える人もいます。
確かに、Barbaroを治療することは経済的にも、馬自身の肉体的にも
大変なリスクを冒すことであるため、
動物愛護団体など動物の権利を主張する人々の中には、無謀なリスクを抱える闘病をさせるよりは、骨折後すぐさま安楽死させるべきであった。
いやそれ以上に、競馬そのものを止めるべきであると極論的に主張する人もいます。
しかし、私は、やはり彼を救うために努力したこの8ヶ月間は、
決して無駄ではなかったと確信しています。
オーナーであるJackson夫妻ももちろん、少しでもBarbaroが痛みに苦しみだしたら、
すぐさま治療を止めて安楽死させるように望んでいましたし、
主治医Dr.Ricardsonも、同じ考えのもとで治療にあたっていました。
馬の骨折の治癒が成功しない大きな壁は、”蹄葉炎”であることは、
当然考慮に入れており、蹄葉炎を併発させないために、様々な保護器具の装着、
そして何より最も恐れる「 激痛 」対処法については、
あらゆる可能性を持って最善の方法を施していました。
ペインコントロール=激痛緩和剤の処方です。
幸い、Barbaroのペインコントロールは、骨折手術後から功を奏し、
術後すぐに普通に馬房に歩いて戻ってこれるほどでしたし、
何より、7月の左後脚の蹄葉炎発症の際、蹄の80%以上を切除したあとも、
Barbaroは、痛みを感じることなく元気に過ごしていました。
( 生爪を80%以上はがしている状態を想像してみてください、
おそらく人間にとっても耐え難い激痛です。
繊細な馬の場合は、もっと大変な痛みであることは想像以上だろうと思います。)
つまり、大事なことは、
Barbaroは、あの死の直前の一夜までは、痛みを(ほとんど>感じることなく元気に生活を続けていたことなのです。
無理に痛みをこらえていた訳ではないのです。
むしろ、初めて耐えられない痛みのために横になって一睡もできなかった
Barbaroをみて、
すぐに安楽死を決定した、というほどの迅速な決断だったとも思えるのです。
ですから、
私は、彼の過ごした8ヶ月間は、この点においても決して可哀想な思いをさせたということはなかったと理解しています。
事故後すぐに安楽死しないで、可能性に挑戦して行った日々は、
決して決して、無駄ではなかったといえるのです。
2007年
01月
31日
(水)
07:24 |
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昨年9月26日
Dr.リチャードソンにひかれて、外を散歩するBarbaro
実に幸福そうです。
photo by Yahoo Sports!
昨日、Barbaroの突然の死を知り、
にわかには信じられませんでした。
もう、29日のBarbaroの最期の様子を想像するだけで、
涙があふれ出てきていました。
世界最高水準の外科技術を持ってしても、救えなかった
”蹄葉炎”という、これまで数々の馬を苦しめてきたこの恐ろしい病気を、
いまさらながらに憎んでしまいました。
やるせない絶望感です。
しかし、多くのメディアを読み進んでいくうちに、
Dr.リチャードソンの言葉に一筋の希望をもたらしてくれたような気がしてきました。
8ヶ月に渡るBarbaroの治療に当たってきたDr.リチャードソンを初めとして、
治療にかかわってこられたスタッフすべてに
本当にありがとう、お疲れ様でしたと言って差し上げたいです。
そして何より、前向きに不屈の闘志で懸命に骨折に立ち向かった
Barbaroに、
本当に今まで長い間よく頑張ったね。
天国で、思いっきり駆け回ってください。
ゆっくり休んで・・・
と言いたいですね。
Dr.リチャードソンの会見の時の数々の言葉のうち、
胸に刻んだものを以下にあげておきます。
"We all knew this day could come from the very beginning," he said. "We knew a lot of bad things could happen. But we had him for eight extra months, and most of that time he was a happy horse."
「 我々は、今日の日がやってくることは、最初から覚悟をしてきていた。
彼の骨折は、そういうシリアスな状況において、予断を許さないものだった。
しかし、彼の生きたこの8ヶ月間は、まさに彼にとって、
幸福な日々を過ごせてきたと思える。」
「 彼の治療において、我々は多くのものを学んだ。
そして、それは未来の骨折の治療法の進歩に確実につながるものであることは間違いない。
将来、彼と同じくらいの酷い骨折の馬が運び込まれた時は、
我々は、彼に施した治療に学んだことを生かして、
その馬を助けることができると確信している。」
そして、
"Barbaro had many, many good days."
「 バルバロは、この8ヶ月の間、たくさんの幸せな時間を過ごせたと思う。」
そう、そうなんだ。
バルバロは、頑張って、闘って、やっぱり生きてきて良かったんだと思うのです。
本当なら、その場で予後不良を判断され、即安楽死処置をされているほどの重篤な骨折だった。
でも、彼や治療スタッフたちは懸命に闘った。
世界中の多くの人々が、彼の回復を願ってきた。
人々に多くのことを知らしめてくれました。
きっと彼の闘病記録は、今後の多くの馬たちを救う礎になっていくと思います。
安らかに。。。

Barbaro at Penn Sep.26.2006
2007年
01月
31日
(水)
04:00 |
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Barbaroの安楽死について会見するDr.Richadson
横は、オーナーのMrs.Gretchen Jackson
Jan.29.2007
photo by Yahoo Sports!
わずか一週間前の1月22日。
Barbaroの主治医Dr.リチャードソンとオーナージャクソン夫妻は、
カルフォルニアで行われたthe Eclipse Awards 特別賞授賞式に臨んでいたのだった。
彼らのその時の嬉しそうな顔と一変した29日の会見の様子は、
本当に胸に迫る深い悲しみでいっぱいだった。
Dr.リチャードソンは、流れる涙をぬぐいながらBarbaroの最期の様子を語った。
”日曜の夜までは、彼はとてもリラックスして安定した状態でよく眠れていた。
しかし、その日曜の夜になって、容態は急変した。
Barbaroは、寝ることも立つこともできずにスリングの中で過ごした。
Barbaroの両前肢にまで及んだ蹄葉炎による激痛を軽減するために、
我々は、最大濃度量の鎮痛剤を夜通し施したが、効果はなかった。
月曜朝を迎えて彼の様子は、今までのような元気で前向きな姿はすっかり消えてしまい、
彼自身も耐え難い痛みに動揺を表していた。”
” 我々は、その彼の様子から、治療の最優先課題である、「Barbaroに苦痛を与えないこと」ということが、もうこれ以上不可能であると判断し、また今後の両前肢の蹄葉炎の治癒の可能性も低いとの最終決断をした。”
”そして、午前10:30、Barbaroの関係者すべての人が立ち会う中で、
息を引き取った。
Barbaroは、スリングの中にいて、その時の彼はリラックスして草を食べていた。 意識はしっかりしていたし、おそらく賢い彼は、これから自分の身に何が起こるのかを悟っていたのだろうと思う。
そして、我々は、鎮静剤と麻酔薬を大量投与した。”
”彼を、痛みの苦しみから開放させてやるために・・・”
5月20日のプリークネスSレースの骨折のアクシデントから、37週目。
約8ヶ月に渡る”アメリカンスターホース”Barbaroの命の戦いは終わりを告げた。
5月21日、5時間にも及ぶ長時間の骨折手術。
そして、7月8日の左後脚の蹄葉炎の発症。
それでも順調に治癒し、8月初めには、20分ほどの戸外での散歩ができるようにまでなっていた。
その時の、心地よさそうなBarbaroの顔が忘れられない。
11月には、右脚のギブスもとれ、12月13日のDr.リチャードソンの発表では、ここまで順調に経過をしていて、バルバロの退院もそう遠くないだろうということだったのだ。
明けて、1月13日。
左後脚の蹄内部の炎症が見つかり、外した右後脚に再びキャストを装丁し、左脚に体重負荷をしないように処置した。
しかし、その後も左脚のアブセス(膿瘍)は酷くなるばかりだった。
右脚再手術。
骨折治癒部位に過度な負荷が掛からないように中足骨に2本のピンを通して、体重を支えるようにした。
しかし・・・
懸命な治療を続けたけれど、最悪の結果だった。
右脚内部にも炎症部位(アブセス)が発見されたが、炎症部位まで到達できず、その処置が十分にできなかった。
その上、両前肢にも、後ろ脚をかばっているうちに蹄葉炎が発症してしまったのだった。
炎症は、その24時間のうちに急速に酷くなった。
ドクターたちの予想をはるかに超えて。
合計20数度に渡る手術を乗り越えてきた末に、待っていた悲しい結末。
Barbaroに、牧場で走り回り、草を食む幸せな未来はやってこなかった。
規則正しくリズムを刻んでいた彼のハートは、静かにその音を止めた。

プリークネスSのレース前、Fair Hillトレーニングセンターでつかの間の休息をとるBarbaroの在りし日の姿
May 10,2006
ニュースソース:baltimoresun.com
2007年
01月
30日
(火)
14:54 |
編集

Bararoが、ついに力尽きました。
29日(月)午前10時<現地時間)、
安楽死処置。
痛めていた右後脚の新たな炎症、そして両前肢の蹄葉炎の発症。。。
Dr.リチャードソンの悲痛な言葉。
"That left him with not a good leg to stand on,"
「 彼には、もう立っていられる正常な脚は残されていない・・・ 」
あれほど生きる意欲に溢れていたBarbaroが、月曜朝には、
元気を無くしていた。。。
その様子と今後の治癒の可能性を鑑みての苦渋の決断だったわけですが。。。
今、整理して記事をまとめておりますが、
なかなか辛くて辛くて涙が止まりません・・・
詳しい経過については、続報にまとめます。

